ヒンバ族の母は美しかった。赤ん坊を背中に縛りつけ、傍らに二人の息子がいた。しかし母は一人まっすぐに立ち、遠くを見つめていた。その目を一所懸命に覗き込もうとする子がいた。背中にはのけぞって甘える赤ん坊がいた。愛する家族を従えて、母は唯一人、立っていた。美しさは目と眼差しを頂点に、頭には鳥の羽で作った飾りがふくらみ、空に向かってひときわ形のよい羽根がしつらえてあった。髪は泥で幾筋かのひも状に固められ、何年もかけて伸ばされ、まとめられ、毛先は水草の根か逆さになったバオバブの木のように、ふわふわとふくらんでいた。都市住民の言うところの服装の類いのものは何一つ身に付けてはいなかった。しかし、都市住民の思いもつかぬ飾りが彼女の体全体に溶け込んでいた。重なりあうたくさんの首飾りは、年を経て一本ずつ輝きを増しながら母の母から送られたものだった。目の粗い布をマントのように羽織って、幾何学的な模様の革ベルトにひっかけた手が裾からのぞき、裸の胸に突き出た乳房でさえ磨かれた貴石の彫刻のようだった。泥で固められた髪は顔を飾り付けるドレープとなり、東洋にも西洋にも似ている何かの一つも見当たらぬ風に仕上げられていた。アフリカ大陸の奥に、人類の罪業の一切を洗い流すために風に立つ一人の女がいた。ヒンバの女がいた。
母国への帰郷、難民キャンプとの離別は、希望だけに満ちあふれたものではなかった。恐怖に追いかけられて立ち止まれず、不安が立ちふさがって前へ進めない。かつて虐殺があったのだ。何十万人という死者と何十万人という殺人者が残され、監獄と墓場とに分けられた。村という村が消滅し、今は雑草が絡み合う中を風が吹き抜けているのみ。帰郷を前にして母が小さな娘の髪を結い、年かさの娘が母の髪飾りを整えていた。女たちの顔はしかし、笑ってはいない。死が待っているのかもしれない、故郷への帰路だった。
少年とさえ呼べぬ幼い子が隊列を組む。木の棒と板きれで作ったおもちゃの小銃を持たされて。背後には大人たちが取り囲むように群れをなす。号令が響くがそれは大人の声だ。幼子は何一つ理解せず、退屈していた。許されるなら、自由になるなら、すぐさま駆け出していっただろう。その子をそこへ立たせていたのは、恐怖だった。
片足の女が二人、それぞれの子を遊ばせていた。まばらな下生えのそばで、砂しかない大地に、何週間も前の救援物資の段ボール箱を広げて敷いて、幼い子が二人、這い回って遊んでいた。
アフリカには人間が生きている。
(完)
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oretasakana (火曜日, 03 1月 2012 09:40)
この作品は、セバスチャン・サルガード写真展「アフリカ」を見に行ったときに書いたものである。「労働の大地」にあった露天掘りの鉱山の写真は彫刻のようだった。「エクソダス」に浮かんでいた人間は幻のようだった。「アフリカ」においては、「生きる命、死ぬ命」がむきだしに切り取られていた。
ところで彼はライカ遣いだったわけだが、今回の作品は全てデジタルイオスで撮影されたらしい。この話は、ライカ信仰の終焉をもたらすだろう。少なくとも、私にとってはそうだった。